新幹線からの富士山

新幹線の車窓から 2019年3月18日 11:56
富士川の鉄橋と富士山 11:57

 3月17日~19日、(八高ではありませんが)八代一中のS.35.3卒業学年同窓会が東京で開かれ、参加者は27名で各地から集まりました。メインは17日夜の隅田川屋形船での遊覧と宴会。これは素晴らしかったのですが、後日記事にします。昼間はバスでの都内観光で、東京タワー、海ほたるなどを周りました。小生は18日の朝までしか参加できませんでしたが、他の人たちは日光へ。18日は予想に反して快晴で、帰りの新幹線でうとうとしていると、車内アナウンスで「富士山がみえます」と。慌ててシャッターをきりました。田副さんの富士山の写真を差し置いてアップするのはなんですが、上手く撮れたので。雲一つかからない富士山を撮れたのはラッキーでした。 村田 護

クスノキの巨樹

 クスノキ(楠・樟)は熊本県の「県の木」ですが、昨日放映されたNHK-BSプレミアムの「美の壺」で熊本市北区の畑の中にある「寂心さんのクス」(写真)が紹介されました。なるほど立派な傘状のクスノキで、幹周17.1m、樹高30m、枝張り50m以上だそうです。熊本県指定天然記念物で、国の天然記念物に指定されないのが不思議とされています。

 寂心さんとは人の名で、熊本城の基礎となった隈本城を築いた鹿子木親員入道寂心(かのこぎちかかずにゅうどうじゃくしん)手植えの木と伝えられています。鹿子木は九州・熊本に多い姓ですね。昨年の八高東海同窓会の総会で記念講演をなされた小林月子先生の旧姓も鹿子木さんです。読みは「かのこぎ」か「かなこぎ」ですが、どちらでしょうか。

 それはともかく、八代にも立派なクスノキの巨木があります。代陽小学校の卒業生なら誰でも知っているはずのあの木「八王社(やつおうしゃ)の樟」ですが、次の記事とします。

寂心さんのクス


尾張旭の直会神社例大祭

 コメントでお知らせがあったように、3月3日の10時頃から尾張旭の直会神社で多美子さまが奉納の踊りをなさるそうです。お近くの方は是非足を運んで下さい(雨と駐車場がちょっと心配ですが)。直会(なおらい)神社は尾張旭市立西中学校の西側にあります。小さな神社ですが、由緒ある神社で、天武天皇の悠紀斎田(ゆきさいでん)の「直会殿」として斎庭連(いんばのむらじ)が造ったといわれます。直会とは神事の後、神前にささげた神酒・神饌をおろして行う宴会のことです。「その昔、春・秋の大祭には、近郊は言うに及ばず遠路他国からも数多くの参拝者が訪れた」といいます。 (村田)

よく苡仁糖(よくいにん糖)ってご存じですか?

 八代の菓子が話題になっていますが、よく苡仁糖(よくいにん糖)というハトムギを原料とした「おこし」をご存知でしょうか。八代で江戸時代から製造されており、『料理物語』に出てくるおこし米に製法・原料が近似してい菓子ですが、今は商品としてはありません。これは元熊本藩主で八代に隠棲した細川忠興(三斎)が考案したものとされます。東京堂出版の『日本銘菓事典』(2004年)には熊本県の銘菓(八代市の郷土菓子)として載っています。(『料理物語』は江戸時代の料理書です)

 後藤先輩と八代一中で同期のはずの岩本憲児さんという方がおられます。早稲田大学名誉教授で映画史・映画論の権威の先生ですが、一中では剣道をやっておられました(私も剣道部にいた時期があります)。高校は八高ではなく熊高でした。その岩本さんの実家は八代の老舗・京風菓子屋だったそうで、「よくいにん糖」を製造販売していたのですが、岩本さんのお父さんが亡くなられてそれを継ぐ人がなかったようです。このことを教えてくれたのは、一中の同級生のK子さんでした。

 私が八代にいたころはまだ製造されており、「ハトムギのおこし」ということで珍しかったからでしょうか、私の父は八代土産として会社関係の県外からのお客に贈っていたのを覚えています。K子さんもお土産に使っていたそうです。(*「よく」の漢字は変換ができません。草冠に意という字です。) (村田 護)

「いきなり団子」を売っている店

 役員会で話題になった「いきなり団子」を売っている店。名古屋地下鉄「藤が丘駅」東の道路を北へ800m(歩いて10分)、朝日ヶ丘信号交差点の東北角、名古屋市と長久手市の境にある大和園というお茶の店です。そこをさらに東へ行くとGさんのマンションがあります。店主は熊本県出身かと思いきや、違うそうです。気に入ったので取り寄せているとか。緑茶が飲める店で、お茶に合うのでしょう。

 いきなり団子は6種類あり、3枚目の写真の上が標準の「白(小豆あん)で、サツマイモと小豆あん。そのほか「白(白粒あん)」「よもぎ」「くり」「むらさきいも」「くるみ」です。冷凍してあり、電子レンジで1個当たり1分30秒加熱(団子のシートをつけたまま、解凍はしないで)するか、蒸し器で12分蒸して食べるとおいしいそうです。1個180円+税です。食べたことがなかったので2種類買ってきました。村田

役員会のあとで食事会

 2月23日、第5回総会・懇親会の計画を練るために役員会が開かれました。総会・懇親会の案はほぼ固まり、終了後近くの居酒屋で昼食会。そのときのスナップ写真です。なぜか写っていない方がお一人あります。忙しく動き回っていた岩崎事務局長さん、ごめんなさい!

印場大塚古墳を見学

 尾張旭市西部の印場という地名の由来を紹介しましたが、印場の地域には古墳が点在しており、考古学的に意義がある所です。1970年前後に区画整理が行われ、古墳の消失が危ぶまれたため、調査と古墳の復元が行われました。その一つが印場大塚古墳です。Oさん宅から南西方向に向かい、矢田川を超えて少し行くと道路の左側に「印場大塚古墳」があります。Tさん宅の東の方でもあります。道路と住宅に囲まれた史跡で、ほとんど目立ちません。普段は入り口に鍵がかかっていて中に入れませんが、近くのにある瑞鳳公民館が管理しており、許可を得れば中に入れます。今日、鍵を借りて見学をして来ました。それほど広くない敷地内には復元された印場大塚古墳と古墳時代の竪穴住居(復元家屋)、さらに東方にある長坂古墳を復元した天狗岩古墳が配置されています。

 身近なところに古代の遺跡があるものですね。同窓会のご近所会で一緒に見学しませんか。(村田)

印場大塚古墳(復元) 5世紀 この地域の豪族の墓と思われる
天狗岩古墳の模造


復元家屋 印場大塚古墳と同年代の竪穴住居

尾張旭市の「印場」とは

 本会の要職にあるOさんのお住まいは尾張旭市東印場町ですが、この「印場」という地名はどういう由来でしょうか。前から疑問に思っていましたが、『尾張旭の地名』という同市教育委員会発行の小冊子で知ることができました。

 「印場」は神を祀(まつ)る神聖な場所を意味する「齋庭(いみにわ)=斎場(いみにわ)」がこの地名の由来と考えられ、その後、印庭(いみにわ)、印場(いんば)と転化したものとのこと。印場の中心は印場元町といいますが、東印場町は印場元町の東に位置することから昭和45年に名付けられたそうです。(村田)

梅が咲き始めました

 近所の庭で梅が咲き始めました。ほぼ満開の紅梅もありますが、まだちらほらの白梅も。今年は暖冬の影響で10日ほど開花が早いようです。  (村田 護)

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